病室のある階に着き エレベータの扉が開くと、看護婦達が 慌ただしくしています。
その彼女達が行ったり来たりしている先は 私達の息子が入院している部屋のように思えました。
悪い予感と言うものは 当たってしまうもののようです。
息子を 担当医と数人の看護婦達が 取り囲んでいました。
妻の顔から、血の気が引いていくのが解ります。
彼女の左肩を抱えるような状態で支えている私自身も、彼らの処置の様子を 黙って観ているしかなかったのでした。
妻も私も、最悪の事態を想定していたのかも知れません。
一人の看護婦さんが「今処置をしましたから、大丈夫ですよ。」
何を言っているのか、さっぱり理解出来ていない私達でした。
担当医も 「安心してください、大丈夫です。」
会釈をしながらそう言うと、一人の看護婦さんを残し、みんな出て行ったのです。
事情の飲み込めない私達は 呆然と突っ立ったまま、息子の寝姿を見守っているだけでした。
看護婦さんが看回りに来ると、息子が血だらけでぐったりしていたらしいのです。
重りで動けないはずだったのですが、唯一動く両手を使って、頭や腕等の装置や点滴の注射器を外してしまったのでした。
その時の僅かな傷口から 大量の出血をした為、気が遠のいてしまっていたようです。
この時点で解っていた高熱の原因は 白血球の量の増減に関係しているといった事でした。
人は 白血球の量が、日々増減を繰り返しているそうです。
その範囲を越えてしまう人達が、命に係わる病気を引き起こしてしまうらしいのでした。
異状に白血球が少なくなると、単なる風邪でも高熱が長く続いてしまい、死の危険性が高まります。
逆に、異状に白血球が多くなり過ぎると、白血病のように 小さな傷を負っただけでも血が止まらなくなり、死の危険性が高まるのでした。
普通は どちらかに偏ってしまうらしいのです。
息子の場合は 上下ともに、その範囲を超えてしまう病気でした。
たまたま白血球の多い時に出血した為、やや多目の血が流れてしまったのです。
それよりも、あの小さな体で、あれだけの重りを動かした事に看護婦さん達は 驚いているようでした。
平均的一才児より随分小柄な息子の力に、ビックリしているようです。
目覚めた息子に、何気なく聞いてみました。
『さっき、何でそんなことをしたんだ。』
たどたどしい言葉で こう言ったのです。
「お家でね、お友達に “遊ぼっ”、て言われたの」